鋼鉄天使ヒルダ


たちこめる硝煙の匂い。
炸裂する砲弾。
燃え盛る炎。

その中を、私は走る。

私は前方のフェンリル戦車に右手のガトリング砲を向ける。
私のガトリング砲はその装甲をたやすく打ち砕く。
それは昨日のテストでわかっていた。
ただ昨日と違うのは、今日は相手も私に砲撃を浴びせ、
私はそれをかわしながら撃たなくてはいけないという事だ。
立ち止まることは許されていない。
『高機動時の射撃精度』
それが今日のテスト項目だから。


「ふむ…実にすばらしい。フェンリル12台が3分もたんとは」
テストを終えた私に、視察に来ていた将校が近づいてくる。
階級章は准将のものだった。
私の顎に手をかけ、軽く上を向かされたその先に准将の目があった。
「それに…美しい…」
「……。」
嫌悪を抱かせる声。

「そのくらいにしておいてもらいたいものですな、准将」

准将の後ろから声がかかる。そこにいたのは私のマスター。
「ふん、分っている…それよりも、卿には言いたいことがある」
「…伺いましょう」
そういって准将に椅子を勧める。
「ヒルダ、おまえは休んでいなさい」
「はいマスター。」
休むといっても、眠るわけではない。武器弾薬の補給、体のメンテナンス、データ取り…私にはやらなくてはならないことがたくさんあった。



「さて伯爵。判っているとは思うが…言いたいこととはヒルダのことだ」
そこには、先ほどまでの好色そうな男の色は無かった。恐らくはこの男流の冗談のつもりなのだろう。性質が悪い。
「フェンリルを12台、確かにすばらしい能力だよ。しかもヒルダは無傷なのだからね…だが…」
眼光が輝きを増した。
「遠距離時における射撃精度に不安があるな。高機動といえば聞こえはいいが、実際は当たらないから近づいているのではないか?」
「それはヒルダの責任ではない」
そう、それはヒルダの責任ではない。ヒルダの能力を持ってしても命中させることが困難な物を作る方に責任がある。
だが、准将はそれでは納得しないらしい。
「遠距離射撃が苦手というのでは、グングニルはあきらめたらどうかね?」
「ふむ、つまりそれが目当てというわけですな」
私は席を立った。これ以上は時間の無駄である。が、一言だけ釘をさしておいた。
「いいですか准将。この計画は総統の意思によって行われているのです。言いたいことがあるなら、直接申し上げるがよかろう」
准将はまだ何か言いたそうではあったか、私は部屋を後にした。



「調子はどうかね?」
「はい、問題ありません。」
私達二人に与えられた宿舎で、マスターがそう声をかける。
その口調も、態度もいつもと変わらないそっけないものだけど、
私は何か…暖かいものをそこに感じていた。
「准将のお話、何だったのです?」
「おまえが気にする必要は無い。ただの下らんイヤミだ」
そういってため息まじりに腰を下ろす。
「まったく、言いたいことがあるなら総統に直接言えばよいのだ。もっとも、あの小心者にそんな度胸があるとも思えんがな」
「申し訳ありません。」
「何を謝る?おまえは不足している能力をしっかり補っている。問題はない」
「ですが…」
そう言いかけた私の口をマスターの唇がやさしくふさぐ。
「…マ、マスター・・・」
「いいから、おまえは気にする必要は無い。今日はもう休みなさい。明日も早いのだから」
それは私たち二人だけのときにしか見せない、やさしい声と表情だった。
「はい…おやすみなさい、マスター。」
だから私は、それしか言えなかった。

それからもしばらくはテストが続いた。
それは私のテスト、というよりはガトリングガンほか、私の装備のテストだった。
少しずつではあったが、命中精度は向上していたし、私は満足だった。
しかし、ある程度以上はどうしても伸びなかった。
それは私の構造上の問題。
人を模して作られた私の視覚システムでは、どうしても見える距離に限界がある。
解決するには、視覚システムを入れ替えなくてはいけないが、現状では私の外見に影響を与えずに搭載出来るまでの小型化が出来ていなかった。
私はそれでもかまわなかった。祖国の為、そしてマスターの為、私は強くなくてはならなかったから。

「私はおまえに美しくあって欲しい」

それがマスターの答え。
そう、マスターの半身は機械に置き換わっている。マスターの能力と、その精神によってその体は普通の人間よりも遥かに強靭だった。
でもそれが、マスターを孤独にしているように思えた。
私とマスターの絆。
それを感じるのは、マスターが私に近い体をしているからかもしれない。私はその絆をもっと強く感じたかった。
だから、マスターと同じ体になる事を望んでいた。
だから、その日ははっきりと言った。
私の思いを、私の決意を。



私は鋼鉄天使。
勝利する事こそ私の役目。
我が民族の誇りを示すため。
我が祖国のため。
そして…

<終わり>


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